今年の夏にリサーチでワシントンDCに行ったおり、空港の書店で見つけた一冊。ほとんど表紙買いでした。インドのバンガロール出身の作家マデゥリ・ヴィジェイのデビュー作。
インド南部の都市バンガロールの裕福な家庭に育ったシャリーニは、しかし母親とは微妙な距離感を感じていた。母親はあけすけな物言いをする女性で、周囲には友人と呼べる人がいないとシャリーニは感じていたが、母が唯一心を許していたように見えたのが、数年に一度バンガロールを訪れる衣装の行商人バシールだった。しかし彼はあるときを境にシャリーニの家を訪れることはないまま、時が流れた。
本作は、シャリーニの少女時代の思い出と、語りの現在が交互に描かれている。
母親が突然なくなったあと、まだ二十代前半だったシャリーニは心身の体調を崩してしまう。そのときふと、母親と親しかったバシールはいまどうしているかが気になり、バシールの出身地として耳にしていたカシミール地方を訪れる。そこは、言葉も宗教も違う場所で、そして政治的にも不安定な場所だった。シャリーニはわずかな手がかりをもとにバシールの家族を探そうとする。
自分の生活にそれほど疑問をもっていなかったシャリーニが、カシミール地方の小さな村に行き、自分のアウトサイダー性を徐々に感じていく。しかし彼女のイノセンスは、しだいに深刻な問題を起こしてしまう。彼女の無垢さが通じない世界。そしてそれに気づかない彼女のある種の鈍さが、切なくしかし美しく描かれる。
多くの問題が解決しないままの物語だが、安易な解決をもたらさなかったところが印象ぶかい作品。